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    <channel>
        <title>愚人千慮</title>
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        <description></description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2010</copyright>
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            <title>世界遺産　Ⅲ</title>
            <description><![CDATA[<p>個人的に</p>
<p>世界遺産でもいいんじゃないか？とか</p>
<p>世界遺産も狙えたのに・・・もったいない。とか</p>
<p>あれが世界遺産ならこれだって！！</p>
<p>リスト</p>
<p>★世界遺産でもいいんじゃない？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★　インド　アーメダバード　階段井戸</p>
<p>　　ただの階段井戸じゃないんですよ！！中には大変な装飾が施された規模の大きな地下施設みたいな井戸もあるんです。世界遺産として検討すべき歴史的建造物。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★　インド　アーメダバード　ガンジーアシュラムと繊維手工業の文化遺産</p>
<p>　　ガンジーが非暴力、不服従とインド手工業の復活でインドの独立運動を行った地。</p>
<p>　　彼は当時宗主国のイギリスの服を着るのをやめ、自分の服をインドの綿で糸車を使って手作りした。在来の繊維工業を潰され、イギリスの繊維工業の従属的な立場になったインドで、独自の繊維生産や精神を復興させる運動の中心地。インドの国旗の糸車はガンジーのこの運動によるもので、実際にガンジーが暮らした質素な家に展示されていました。</p>
<p>　　今では地産地消が盛んにいわれているけど、地域の産業を守ることがどれだけ大事か今の日本人やグローバリズムに傾倒している人たちが絶対訪れて勉強するべき地です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★　スイス　マッターホルンとその周辺の山岳リゾート</p>
<p>　　マッターホルンがきれい。なのは当然ですが、巨大山岳リゾートとしての文化的価値があると思うのです。スイスは同様の世界遺産でユングフラウがあるわけですが、ツェルマットは国境に接し、国境をまたぐなかでの山一つ越えた文化的違いが極めて稀有と感じました。料理の味付けが違ったし、醸しだす雰囲気がスイスとイタリアは違ったんです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★　日本　岩手県　松川地熱発電所　日本初の地熱発電施設　近代産業遺産</p>
<p>　　　日本の地熱エネルギー活用の発祥地であり、巨大な冷却塔施設も現在では世界各地で失われ、創業時からの冷却塔が発電所の歴史も物語る。現在でも営業を続けながら、多くの施設が創業時から残る稀有な地熱発電所。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★　日本　山形県　出羽三山の山岳信仰文化遺産</p>
<p>　　　山岳信仰の中心地の一つ。月山、湯殿山、羽黒山の山々で修行する山伏、国宝羽黒山五重塔なども有名だが麓の寺に安置される木喰即身仏に圧倒される。自然や人智を超えた驚異に信仰の強さで立ち向かおうとした昔の人々の思いの結晶として後世に伝えるべき遺産。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★　日本　大阪府　大仙陵古墳　（仁徳天皇陵）</p>
<p>　　　周辺の古墳群と共になぜ世界遺産にならないのか不思議なくらい。一応検討はされているみたいだけど。世界遺産になってもならなくても絶対に後世に残すべき遺産。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>△　世界遺産も狙えたのに・・・</p>
<p>△　日本　岩手県盛岡市　多様な橋と河川共存の歴史文化遺産。</p>
<p>　　　３本の河川が集まる盛岡市は、上の橋など古い橋から近代の様々な形状、設計の橋が立ち並ぶ稀有な景観が昭和５０年代まであったが、現在はドブ板のような特徴の無い橋に取って代わられてしまった。盛岡城（不来方城）の河川に囲まれた城郭遺産も魅力的。盛岡城は復元するべき稀有な天守閣です。　</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>△　北海道　函館市　函館山山麓の多国文化の歴史地区</p>
<p>　　明治の開国以来、函館山の山麓には欧米各国領事館が置かれ、正教、カトリックなど多様な国の文化と日本の江戸末期からの文化、日本の近代化の中の文化的変遷が見られる建造物など極めて狭い地域に密集して見られる地域。和洋折衷の民家なども見られるが・・・。長崎や横浜との違いは、とにかく狭い地域に寺、神社、カトリック教会、正教会、各国領事館、公会堂と旧南部屋敷（箱舘）の石垣、和風商家、和洋折衷の民家、昭和初期のデパート、銀行など建造物が密集混在していたこと。</p>
<p>　　中華会館が閉館したり、マンションが建ったり、昭和初期の建物が老朽化したり、今手を打たなきゃ価値はどんどん下がる遺産。もう無理ですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>△日本　岩手県　南部曲り屋</p>
<p>　　これも、機能する集落としては失われてしまったので、残念ながら世界遺産を狙うことはできません。岩手県全域に曲り屋形式は見られたのですが、最近は観光施設以外では見る機会も減りました。残っていても茅葺ではなくてトタン張りで馬はいなくなっているとところがほとんどです。残っていたら白川郷と並び称されていたでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>△日本　岩手県　釜石橋上市場</p>
<p>　　失われた近代遺産の一つ。</p>
<p>　　法や規制が地域の特色ある文化、なにより生活様式を破壊し地域経済を疲弊させる一方で、近年の大型店舗になすすべも無く、商店街に無駄に補助金を注ぎ込み続けるなかでの悲劇的遺産の消失。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>△北海道　明治から昭和初期の開拓遺産</p>
<p>　　日本が世界に通用する近代国家に変化していく過程の輝きと影が、開拓の土木建築という形で残っている北海道は世界に通用する遺産として価値があると考えてますが、残ってはいるけど、ただの観光地でただの観光資源でしかないことを考えると、先人達の苦労はなんだったのか？と少し暗い気持ちになります。</p>
<p>　　稚内の北港防波堤などは極めて価値の高い遺産。</p>
<p>　　稚内はこの遺産がきちんと活かされるような港湾振興を考えるべきだし、道内の全ての開拓時代の遺産同士の繋がりを意識した活用がされればもの凄い産業振興になるのだろうけど・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まだまだいろいろあるけど、とりあえずです。</p>
<p>自然遺産の世界遺産登録はあんまり好きではないので、書きませんでした。</p>
<p>東北地方の縄文遺跡も素晴しい遺産ではありますが、たぶん、今発見されている遺跡より類稀なものが地中に埋まっているはずなので、これも今登録を目指すべきではないだろうなと思います。　　</p>]]></description>
            <link>http://osyorokoma.net/gu/2008/12/post-17.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">文化</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 26 Dec 2008 22:50:10 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>茂林之下</title>
            <description><![CDATA[<p><strong>茂林之下無豊草、大塊之間無美苗。</strong></p>
<p>『　塩鉄論　』　軽重</p>
<p>林の茂みの下では草も増えず、大きな土の塊の間では苗もよく育たない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>国家権力が強すぎると、人民が消耗してしまうことを例えた一文。</p>
<p>まったくその通りで、現在でも国の力が強いと、国民の生産能力や資産を越えた大きな負担を強いるような国家予算を組んでしまい、しかも、その予算は国民の身近な収益に関わる事柄よりも、大きな影響力のある国家間や大企業だけが利する事柄に使われます。</p>
<p>現在は景気が後退期で多くの失業者が続出し始めているわけですが、米国にしても日本、その他の国でもそうなのですが、賃金そして消費が落ち込む前に、多くの労働者の一斉解雇がはじまったわけです。それは、投資家のご機嫌を損なうことがないよう、そして景気が後退することを前提に事前に人員を整理する行動なわけですが、以前も書いた通り、大企業にとって人材や自分の作っている商品ですら単に金融の一商品と同じように見ているわけで、その点スピーディーに売買がしやすい派遣労働は企業としてはとても使いやすかったということなのです。</p>
<p>話が逸れましたが、そのような企業が景気後退を後押し、後押しというよりは足の引っ張り合いで、結局、景気がいよいよ後退、どうしょうもなくなってくると国家がどうにかしてくれるだろうと、思い込んでいるわけです。</p>
<p>そして、その国家もどうしょうもない政策を実行してしまうのですが、なぜか日本人というのはまったく怒りも悲しみもない国民性でとっても不思議ちゃんなのです。</p>
<p>考えても見てください、多くの貴重な労働者が職を失い、日々の生活の糧を失いつつあり、そしてさらに消費が落ち込む中、さらに多く労働者が明日の不安に惧れを抱いているのに、余裕のある家を買うことができる人々が住宅減税と超低金利の恩恵を受けるのです。そして、彼ら余裕のある人々が受けた恩恵をプラスにして、やっと景気が良くなって、職を失っていた労働者が職場に戻る、そのときにその彼ら金持ちが受けた恩恵分もプラスした大きな増税で大きな負担を強いられるのです。不景気を招いた投資家連中が、この不景気の最中でも減税や低金利で恩恵を受け、その分、やっと良くなってきた頃に、一番大きな負担を強いられた人々が引き続きの負担を背負わなけらばならないのです。</p>
<p>そして、経済上の政策を優先し、投資家や大企業だけを保護し、見せ掛けの繁栄を維持しようとしています。</p>
<p>常識的に考えるなら、伸びすぎた林は間伐をし、十分成長し多陰を作る悪木は新しい木々を育てるために伐採するべきなのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>高山之嶺無美木、大樹之下無美草</strong></p>
<p>『　説　苑　』　説叢</p>
<p>高山の嶺に美木なし、多陽に傷なわればなり、大樹の下に美草無し、多陰に傷なわればなり。</p>
<p>世界をリードする経済大国となってしまったが故に、過剰な資金（円買い）による円高を招き、まさしく『高山の嶺に美木なし』状態の日本。気がつくとビック３とういう巨樹の他に傑出した自動車メーカーが無い、大樹３本のせいで後続メーカーの無い米国自動車業界。</p>
<p>大樹となった大企業でありながら国民の繁栄を損ない投資家を優先するようなところは、直ちに伐採し、新しい苗を植えたほうが、多くの国民に新しいチャンスを与え、希望と夢の溢れる国家を作ることができるのです。</p>
<p>もちろん投資家も、新しい小さな苗から育てて大きな利益を受けるという健全な資本主義の恩恵も受けられるわけで、大樹が腐って倒れる前に（資産価値があり使える部分がたくさんあるうちに）伐採し、その資産を水や肥料代わりに企業を育てたほうがこの際、手っ取り早い気がするのです。</p>
<p>米国民の多くがビック３の破産もやむなしという考えを持っているというのは、米国民性のチャレンジ精神が、きっとこの難局をも乗り越えることができるという自信の表れだとも思うのです。</p>
<p>ビック３という巨樹、そして今までの米国政府という巨樹が、倒れたり小さくなって、国民に燦燦と日が降り注いだ時、米国に新しい力強い苗が再び育つことは、彼の国民性から考えても間違いないことでしょう。フロンティア精神溢れる解雇された労働者と健全な投資家はたぶん雨後の竹の子のように、独創的な商品を作る企業をたくさん生み出すことでしょう。もちろん自動車も幾つものメーカーが競うように世界中に出現することでしょう。そのとき、図体ばかりでかい日本の企業が逆に今までのビック３のようにその巨躯を持て余して躓くことも考えられるのです。</p>
<p>まあどうなるか毎日、経済ニュースから目が離せません。</p>]]></description>
            <link>http://osyorokoma.net/gu/2008/12/post-20.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">経済</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 23 Dec 2008 21:05:46 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>法三章を！！</title>
            <description><![CDATA[<p>尊敬する歴史上の人物は何人かいるけど、その中でも上位十人に入るのが漢の高祖『劉邦』。</p>
<p>中国史に於いても秦の始皇帝ではなく、劉邦がもっとも人気があります。それは部下や人々の意見をよく聞いた劉邦の性格もありますが、何よりも苛烈を極めた秦の法令を『法三章』で言い表すほどの簡易なものに変えたのが人々から大きな支持を集めているというのも理由の一つです。またその法三章の精神がきっかけとなり天下統一、漢帝国の安泰にも繋がったのです。</p>
<p>法三章といえば『殺人・傷害・窃盗』のみを刑罰の対象としたと思われていますが、実際には秦の膨大な法令や規制を簡素化し、人民にわかりやすく、且つ例外無しに守らせたことで、治安を守り、不正を正し、経済を活性化した功績を法三章という言葉で表わされています。</p>
<p>実はこの簡素な法令こそ極めて有効な手段であり、今の世界に必要なことなのですが、世界中の人々は法令が煩雑であればあるほど、規制が多ければ多いほど人々の安心と高い文明を維持できると勘違いをしています。法令や規制が多ければ多いほど高い文明社会だと勘違いをしている人々が多いのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>法が簡素で少なければ例外はありえません。</p>
<p>窃盗は契約違反も含みます。本来受け取れますと約束していても受け取ることができなければ、これは窃盗です。もちろん、食品の表示や原材料を偽装し、多くのお金を騙し取る行為も窃盗です。</p>
<p>たとえ国家組織であろうと処罰の対象となります。</p>
<p>受け取れるはずの年金が受け取れなければ、窃盗です。</p>
<p>表示を偽装し販売し不当に金銭を取れば窃盗です。</p>
<p>人が人によって死亡させられることは殺人ですから、交通事故も、戦争も、人為的な死は全て殺人です。戦争も相手が攻めてきたなら、この法を適応し処罰行動として応戦すればよく。軍人がこれを逸脱し処罰行動としての応戦以外に人を殺せば同じく処罰すればよいのです。</p>
<p>食品に危険なものが混じり、人を傷つければ傷害です。</p>
<p>このような簡素な法で一罰百戒を通せば、もっとも安心安全な国家が実現します。</p>
<p>様々な法令が多額の人件費をかけてつくられ、表示を検査するために膨大な費用を掛け、表示を徹底するため個人事業者や中小企業はものづくりができず、儲かるのは検査会社と監督官庁の職員だけ。経済も疲弊し、まるで法令の独裁国家のようになっています。</p>
<p>法治国家とはいっても、その国を統べる法令の全てを知っている人間は弁護士や国会議員を含め存在するのでしょうか？そもそもすべての人に平等に守り守らせる国法にも拘らず、すべての人が全てを知ることができないほどの膨大な法令になってしまっています。法が肥大化して、例外ばかりが生まれ、賢い人間は法に触れなければ何をしても良いという言う風潮と同時に、逆にそれをさらに規制しようと雁字搦めに法や規制が溢れ、法の全てを知らない一般市民は何をしても法に触れる世の中になっています。</p>
<p>ちなみに、カッターナイフでも明確な職用としての目的を持たずに所持しているだけで法に触れます。</p>
<p>つまり、普段釣りに行く時に所持しているナイフも車に入れっぱなしにしていて検問なんかに引っかかると銃刀法違反に問われかねないのです。</p>
<p>一枚の服を作って売るだけでも、堅牢度検査、検針、品質表示、原産表示などタグと検査など、手づくりで物作りをしているところほど不利な規制に溢れています。</p>
<p>ホテル業も資本力があって同じ設計で全国に建てているところほど、規制上でも有利です。耐火、防火建材の検査など一括で済んでしまうからです。</p>
<p>国法による規制というのは、全国展開できる大手企業に有利で、実は地方経済や中小、個人企業を圧迫しているのです。</p>
<p>にもかかわらず、地方自治政府はすべからく国に規制強化を求めたりと、実態からかけ離れた政策を展開し、さらに市民も現実に起きていることから目を逸らし、カッコイイ言葉や上辺だけの美徳に酔いしれてより強い規制を求めています。</p>
<p>本当に恐ろしい世の中です。</p>
<p>そもそも法をよく網に例えることがありますが、それ自体がおかしいのです。</p>
<p>悪事はたとえ小さくても許すべきではなく、逆に悪しきこと以外は自由に行われるべきなのです。</p>
<p>ただそれだけのことなのに、政治家は競って法令を作り、官僚も規制を作って自分たちの仕事と権威を高めようとしています。</p>
<p>簡素な法令と公正明大で仁義礼徳に篤い司法によってこそ平和で持続的発展の望める正常な国家を作ることができるのです。</p>
<p>国法こそ簡素で誰もがわかるものにしなければならないはずなのに・・・。</p>
<p>金融だけでなく全てが破綻するまで気がつかないのかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　いまは国民主権だから、そのうち自分の定めた法と規制で股裂き刑になった秦の商鞅のようになるのかもしれません。</p>
<p>　秦の商鞅については、今の日本や世界が向おうとしている世界を垣間見ることができる事例なので後ほど書いてみようと思います。</p>]]></description>
            <link>http://osyorokoma.net/gu/2008/12/post-19.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">法</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 13 Dec 2008 23:00:30 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>世界遺産　Ⅱ</title>
            <description><![CDATA[<p>ちなみに僕が行った世界遺産の感想。</p>
<p>星の数は全く個人的な評価です。&nbsp;</p>
<p>★★★オーストラリア　ブルーマウンテン</p>
<p>　　ユーカリの油分が揮発し大気が全体に青み掛かって見えることからブルーマウンテンと呼ばれているらしい。初めての海外旅行で、初めて大陸の雄大な景色を見たのがここだったので、とても感動したのを覚えています。ふつうの観光ツアーで行ったので感動した面白かったという以外に具体的な感想はないのだけど・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★オーストラリア　シドニーオペラハウス</p>
<p>　　最近世界遺産になったらしい。行った当時は世界遺産ではなかったし朝早く空港について休む暇なく連れて行かれたところなのですが・・・。</p>
<p>　　確かに美しい建物だけど、美的なことだけで世界遺産になるのかなー？</p>
<p>　</p>
<p>★★★★★インド　タージマハル</p>
<p>　　建物の外観が素晴しいのはＴＶで見るとおりで普通ですが、内外の大理石の壁面に無数に施されている宝石や輝石の象嵌がとにかく素晴しい。周辺の工房で大理石細工や象嵌を見学したけど、大勢の職人が作り上げたのだと思うと、インドの手仕事の素晴しさを再認識させられました。インドの手工芸の集大成的な意味でも価値のある建造物。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★★★★インド　ファテープル・シークリー</p>
<p>　　タージマハルの次に訪れた世界遺産で、赤い砂岩を削って作った建造物群に圧倒されます。</p>
<p>　　全体の大きさもすごいですが、なにより赤い砂岩を薄く加工し、細かなレリーフを作っていること。その細工の細かさにビックリです。</p>
<p>　　遺跡は丘の上ですが、麓にはいまでもこの赤い砂岩を建材として加工している村があり、子供からお年寄りまで石材業に従事しています。ちなみに、ズルをして型を作りモルタル製のレリーフに赤い塗料を塗っているところも見ました。</p>
<p>　　&nbsp;</p>
<p>★★★★★ペルー　マチュピチュ</p>
<p>　　これほどＴＶの通りな風景は初めて。ＴＶ以上でもＴＶ以下でもない。まったくその通りの風景。それはＴＶでも十分その神秘と古代インカのロマンが伝わるから、現地を見ても同じように感じるからだと思う。（途中の電車でさんざんマチュピチュのＰＲビデオを見せられたせいかも？）</p>
<p>　　でも、ＴＶ通りとはいっても、その風景の中に自分もいると思うと、もの凄い感動に襲われます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★★★★ペルー　クスコ</p>
<p>　　ここはよかった。まずインカの石組みの素晴しさは以前からＴＶで知っていたけど、その現物に触れてみて大きさや正確さを実感しました。とにかく鉄器がないのに不思議です。世界中でこれほど人々に見つめられる石組みは、こことエルサレムの嘆きの壁だけじゃないかな？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★★ペルー　リマ歴史地区</p>
<p>　　滞在時間が短かったことと、体調が悪かったのでちゃんと見れなかったけど、古い石造りの大きな建造物に細かな細工の施された真っ黒な木製のバルコン（バルコニー）が印象的でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★チリ　バルパライソ</p>
<p>　　港町で急な坂の多い街。古い家がひしめき合って、急な小さなケーブルカーが崖下と上とを行交っている。面白い街だけど世界遺産だとは思って見てませんでした。</p>
<p>　</p>
<p>★★★★中国　万里の長城</p>
<p>　　一度は見て損は無い。一般観光客向けは明代の長城だが、見ごたえは十分。</p>
<p>　　中国の人民の力を思い知らされる建造物。観光客の多さが逆に「これだけ人がいたら出来るだろうなー」と納得してしまう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★★★★中国　故宮（紫禁城）</p>
<p>　とにかく広い。その建造物の広さ大きさもすごいが、建造物の細部や宝物の細工が素晴しい。歴代皇帝が全国から優れた工芸品作らせ集めたことを考えると、中国の伝統工芸の素晴しさを実感できる。逆にこういった上流階級の優れた工芸品のコピー商品がたぶん昔から作られていただろうと思うと偽物文化も伝統化してるのかな？と思ってしまう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★★★★姫路城</p>
<p>　僕が行った世界遺産では最上級の世界遺産。個人的に城郭が好きだったこともあるが、国内外でこれだけ壮麗な高層木造建築はないでしょう。天守の質実剛健な構造がわかりやすく、すばらしい。</p>
<p>　国内の城郭では随一。ちなみに個人的ランキングでいうと当然１位は姫路城、２位は松本城、３位は熊本城。</p>
<p>　国内の世界遺産では文句なし、世界的に見ても当然の世界遺産です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★白神山地</p>
<p>　たしかに自然は豊かだけど・・・・。</p>
<p>　世界遺産になる前に何度か行ってるけど、素晴しいことはわかるけど・・・</p>
<p>　世界遺産になってからただの観光地、しかも規制があったり妙に開発と保護のアンバランスばかり目に付く気がする。</p>
<p>　</p>
<p>★★★★白川郷・五箇山</p>
<p>　たしかに合掌造りはすごい。</p>
<p>　ただ、ここを世界遺産として考えるなら、国内各地の特徴的な村落がどれだけ消滅してしまったのかを思い知らされます。岩手も曲り屋が村落集落としてちゃんと機能しながら残っていたなら？福島や山形、津軽の村落も残っていたなら、白川郷も世界遺産になることはなかったと思う。</p>
<p>　残すべき文化が僅かそこにしか残存することができなくて世界遺産になったというなら、逆説的にそれしか残せなかったということだから日本の恥ずべきことなのでは思うのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★★★法隆寺</p>
<p>　　写真で見ると、派手さはないし、華美な装飾もないし、一見すると地味な普通の寺にも思えてしまうけど、仏教が伝来して直後の現存する最古級の寺の様式であることを考えると、普段見慣れている寺の祖ともいうべき建造物。だから驚きとかの感情が湧かないのだと思う。実物は観光客が多くても建物の落ち着いた佇まいが心を静めてくれるような感じがします。世界遺産として当然の建造物。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★★★★奈良</p>
<p>　　東大寺含めて全般に当然の世界遺産。言うこと無し！！</p>
<p>　　私は日本の文化を紹介するなら京都より奈良を勧めます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★★京都</p>
<p>　　世界遺産に指定されてい個々の寺社は素晴しい。世界遺産に限定していうと文句なしだけど、逆に寺を一歩出て町に出てしまうとそのギャップにものすごく辟易してしまう。</p>
<p>　</p>
<p>★★★★★原爆ドーム</p>
<p>　　負の世界遺産だけど、絶対見るべきもの。これも世界に類を見ない当然の世界遺産。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★★厳島神社</p>
<p>　　海上の建造物も面白いけど、宮島そのものが楽しめます。</p>
<p>　　日本人独特の観光スタイルの寺社仏閣詣プラス観光とお土産を楽しめる地。</p>
<p>&nbsp;　　ある意味で江戸時代からのこのような観光スタイルも文化的遺産だと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★★★★首里城　玉陵（たまうどぅん）</p>
<p>　　中国文化と日本文化が混然となったようなとても興味深い遺産。</p>
<p>&nbsp;　　世界遺産としては当然クラス。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★★★日光東照宮</p>
<p>　　徳川家康を祭る壮麗な社殿。建物至る所に様々な動植物の彫り物があり、しかもそれぞれに意味があるという。これは見ていて飽きない。</p>
<p>　　世界的に見ても、一つ一つの装飾が意味を持って、しかもそれが多様である建造物は他に無いのではないでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>★★知床</p>
<p>　　確かに素晴しい。けどそれは国内に限ったことで、世界的に見て本当に他に類を見ないのか疑問。個人的には北方四島の国後、択捉、さらにそこから続く千島列島のほうが知床以上の稀有な自然が残されている可能性が強いし、類似点も多いのでは？と思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>全く個人的な感想評価なので人によっては、全然違う感想を持っているということもあると思います。</p>
<p>ただ、その人によって受け止め方の違う、世界中の様々な遺産を「世界遺産」という一括りで考えてしまってよいのか疑問です。世界遺産であれば人類共通の遺産として残していくのは当然ですが、これからの人類の歴史で新しく後世に残そうと作られるものや、どこにでもある（あった）けど、失われつつある、野や荒地、河原、民家、人とと自然や様々な境界線上でマッタリとユッタリとあったものがどんどん失われていることも目を向けなければ成りません。</p>
<p>そう考えると、シドニーのオペラハウスの評価は高くても良かったかもしれないけど・・・。</p>
<p>でも、本当にそれが残す価値があるかどうかは、シドニーの人たちの文化の中で活き続けることができるかどうかで決まるのですから、まだ新しいうちに世界遺産になるのも考え物？</p>
<p>白神山地と知床が僕の評価では低かったのは、白神や知床だけが別格に扱われることの是非、そして、自然保護と人間生活の境界が法や規制、施政によって線引きされることの危険性を疑問視してのことも理由の一つです。</p>
<p>いずれにしても、世界遺産に限らず、多くの自然と人の営みが看板や法や規制に縛られず自然と続くことが一番大事と思うこの頃です。</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">文化</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">自然</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 01 Nov 2008 21:41:48 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>世界遺産　Ⅰ</title>
            <description><![CDATA[<p>ローカルネタですが平泉の世界遺産登録が延期勧告となりました。</p>
<p>地元なので今後奮起してもらう意味で厳しくいいますが、やはりという思いが強いです。</p>
<p>正直、金色堂のある中尊寺一本で世界遺産登録を目指したほうがよかったと思う。</p>
<p>それでも、ギリギリ。</p>
<p>今回の申請では浄土思想とか骨寺村荘園遺跡とか無理があります。</p>
<p>あまり詰め込みすぎで中身が薄く感じられてしまった感があります。浄土思想まで持ち出したうえに範囲が広すぎるのがまずかったと思う。</p>
<p>個々の魅力はあるのですが、まるでお子様ランチのように色々あるけど重厚さに欠けるメニューといっていいでしょう。</p>
<p>世界遺産を見ると近代建築とかで一軒屋が世界遺産になっているようなところも多々あったり、産業遺産でも電波塔１本でも登録になっているところもあります。関連産業だからといって、周辺の鉄鋼所とか鉱山とかまで範囲を広げたらたぶん登録は難しかったと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>範囲を広げるとか、いろいろ詰め込むというのは一見魅力あるように感じますが、実はそのためにどこにでもある内容に平板化する可能性を持っているのです。</p>
<p>今の合併自治体がそうです。全国どこへ行っても同じです。同じように総合運動場や体育館、バイパスがあって、温泉があって、産直があって、工業団地があって、住宅地があって、観光産業があって、リゾート施設があって・・・。全国全ての自治体が同じです。違いなど見えてきません。</p>
<p>骨寺村荘園が自治体としても単独であったなら、骨寺村だけでも世界遺産登録は可能かもしれません。中世の貴族所領の時代から耕作地も村落自治も保存されている世界的に稀有な例といえるかもしれませんが、村落として自治運営が確立していない現状（自治会があっても正式の自治体ではない以上自治意識があるとはいえない）ではただ耕作地の近代化が遅れた中山間地の村落としか映らないでしょう。</p>
<p>繋がりを重視するあまり、個々の世界的価値をアピールできなかったのが最大の問題で、合併市町村や県など大きな組織がスクラムを組んだことが逆効果だったのではと思うのです。</p>
<p>もし、今回世界遺産登録を目指している平泉の個々の遺産が異なる自治体に散在していたなら、それぞれ自分たちの持っている世界的価値を露骨なほどにアピールするのだろし、そのことが中世村落の自治意識や奥州の中央を意識しつつも独自性の強い文化が今もあるのだなぁと人々を納得させることができるのだと思う。</p>
<p>なんで急に世界遺産の話題を出したかというと・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>岩手には、日本にはもっと世界遺産に相応しいものがあるのです。</p>
<p>それは</p>
<p>　【　松川地熱発電所　】</p>
<p>我が国最初の地熱をエネルギーに営業発電を開始し、世界でも４番目に古い地熱発電所。</p>
<p>しかも、施設が建設当初からほとんど変わっていない。他国の施設はほとんどが新しくなっているし、坑井も寿命が短いところがほとんど。</p>
<p>世界遺産登録は冷却塔とタービン建屋だけでも十分狙えます。</p>
<p>といっても県レベルで動いちゃうと、周辺の地熱地帯の発電所群や地熱利用と自然遺産とも入れてしまおうとして、結局魅力が薄れて登録延期ー！！とかなりそう。一見広範囲に広げるのは魅力だけど、広く色々テンコ盛りにすると逆にアメリカのカイザー、アイスランドの地熱地帯、イタリアのラルデレロとの違いを出せなくなってきます。</p>
<p>いま国内の発電所の円筒型冷却施設でこれだけ巨大なのってあるのかなー？</p>
<p>なければとりあえず重要文化財に指定してもらいたいものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>最近はあまりに</p>
<p>『　五指之更弾、不若捲手之一挃、万人之更進、不如百人之倶至也。　』</p>
<p>五指のこもごも打つは捲手の一突きに及ばず、万人が交互に突進することは、百人が共に進むことに及ばない。</p>
<p>これを意識するあまり、五指の功、万人のそれぞれの奏でる美しい独自性が失われてしまいました。</p>
<p>世界遺産とはそういった個々の脆く失われそうな世界的価値ある文化や自然が相応しく、何かの試験や競技に勝ち抜くように一捲を振りかざしテンコ盛りにして目指すようなものではないと思うのです。まぁそれでも登録になればいいのですが・・・世界遺産という看板が増えるだけ。</p>]]></description>
            <link>http://osyorokoma.net/gu/2008/10/post-12.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">文化</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 10 Oct 2008 21:31:59 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>A snowball</title>
            <description><![CDATA[<p>いつも朝はＢＳの海外ニュースを見ています。</p>
<p>どうも国内ニュースは面白くない。政治家はきれいな言葉を並べるばかりで何をするのかしないのかはっきりわからないし・・・。法律も施政も専門家がいなければ理解できない状態の国家では、国民と政治がまったく接点が無いのは当然のことで、かなり末期症状。そのことはまぁ追って書くとして・・・。</p>
<p>海外ニュースを見ていると、それだけでも時々有識者ぶってる人間が云う、「海外では」とか「世界では」とか「海外競争力」とかが一面的な部分でしかないことがうかがい知ることができて面白い。</p>
<p>お気に入りはＡＢＣ、カタール　アルジャジーラ、スペインTVE。スペインＴＶＥは単に時々出る女性のキャスターが好みなだけだけど、内容はスペインはバスクなど地方自治権の問題が山積してるので毎度地方と中央の政局話とテロの話題。フランスF2やドイツＺＤＦがニュース的には多彩で面白い。中国は良いニュースも悪いニュースもキャスターが胸を張って伝えているところがとても面白い。内容で表情があんまり変わらないで「メラミンがこんなにいっぱい出てきたぞー！！」てな感じ。もちろんＮＨＫが多少編集でニュース項目を抜粋してるのでしょうが・・・。</p>
<p>今日は朝ＡＢＣのワールドニュース「今週の人」をみてたら、大金持ちのウォーレン　バフッェト　Warren Buffett 氏が紹介されてました。大金持ちのの投資家ですが、短期の株の売り買いで利益を上げるのではなく、企業の本質を見定めて株の長期保有で安定した経営環境を作り利益を上げさせて自身も配当利益を得ている、近年注目されている人物です。最新の金融工学のサブプライムとかで意気消沈のアメリカ経済の中で、このような堅実というか本来あるべき株式投資のスタイルに注目が集まっているのでしょう。</p>
<p>彼の言葉として最後にキャスターが紹介したのが「人生は雪だるま（雪球）、多少湿った雪と坂があるだけでいい」。</p>
<p>そうなんですよね。株式にしろ、先物、ＦＸにしろ少しでも先ずは投資しなきゃお金を増やせない。</p>
<p>でも、ものづくりで食べている人間からは、なんでお金を持っていて投資しているだけの人たちだけが多くのお金を手にして、現物や実際に人々が受けるサービスを生み出している人たちは利益をだすことが困難なのか・・・とても悲しい気持ちになります。</p>
<p>利益は投資家のもの。</p>
<p>いまの風潮をみているとそんな気がしてきます。</p>
<p>日本の企業ですらまるで人、モノ、技術をネットの株の投資のように簡単に損得勘定だけで電子上の出来事のように撤退や事業の譲渡、買収をしている。</p>
<p>企業のものづくりやサービスを生み出す力が長期的に見てどんどん失われているような気がします。</p>
<p>企業だけではなく、最近は地方自治体も短期的な損得勘定だけで地域の資産を安易に安売りしたり、事業廃止をしたりしています。長期の展望と住民の経済事情も総合的に判断した損益計算をしない、数字と感情だけに支配された状態といってもいいでしょう。</p>
<p>情報技術の発展が、大事なことまで簡単に短期に決してしまっているような気がします。</p>
<p>私はスローライフではなくてスローエコノミー「長期の投資を中心とした経済」とスローガバメント「長期の人々の暮らしの安定を最重要にする地に足のついた政府」の必要があると思うのですが・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まぁ、いまは坂を転がり落ちる負債雪だるまの地方自治。</p>
<p>落ち着いて考える長期の施策なんか住民も政治家も無視する御時世。</p>
<p>最近は負債雪だるまをいくつかまとめて雪山にしてどうにかしようという考えている人たちがあまりに多いのでした。</p>
<p>負債を抱えた自治体向けローンでも作ったら大儲けできるかな（笑）</p>]]></description>
            <link>http://osyorokoma.net/gu/2008/10/a-snowball.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">経済</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 04 Oct 2008 22:40:27 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>護美箱</title>
            <description><![CDATA[<p>ゴミ箱は護美箱であり護身箱でもあるのですが・・・。</p>
<p>毎回北海道旅行をして一部の自治体のゴミ箱撤去の動きが増えていることに大変困っています。</p>
<p>正直、大都市圏の自治体なら家庭ごみの多さなどから大変だろうなーと思う面もあるのですが、北海道は全道的に観光振興に力を入れていて、複数の自治体に跨って旅行することが多い地でもあり、購買地、消費地、ゴミ処理地が自治体を跨ぐことは当然といえば当然。にもかかわらず、一部の自治体がゴミ箱を撤去し始めると、関連する周りの自治体が大きな迷惑を被るのです。</p>
<p>事前にゴミ箱がないと知っていれば、手前の自治体では物を買わなくなりますし、ゴミ箱の無い自治体で購入したものを、次のゴミ箱のある自治体へ持ち越してしまいます。</p>
<p>一見、ゴミを持ち帰りましょう、ごみ収集の行政サービスは住民のみという考えは、当然のように思えても、長期の旅行者や周り自治体のことを考えない身勝手な行為なのです。</p>
<p>多くの自治体が滞在型観光を目指してたりするわけですが、滞在型を謳うならば尚のこと、分別ゴミのゴミ箱を観光客にもわかりやすく且つ利用しやすいよう設置しなければなりません。</p>
<p>また、国も自治体も資源リサイクルを進めるためにゴミは資源だと言ってはいるけど、現実としてはこのようにゴミは厄介者でできれば受け入れたくないという意識が強いのだともいえます。</p>
<p>もちろんゴミ箱だけではありません。様々な行政サービスを観光客や旅行者が利用できる体制が、立派な観光施設を作るよりずっと有効な場合もあるのです。</p>
<p>たとえば、市町村の歴史民族資料館や図書館、プール、公民館はもちろん、民間も含めて病院の位置や診療内容、時間なども判りやすく利用しやすいようにすることが、滞在型観光を実現する上でもっとも重要なことなのです。その中でゴミの受け入れというのも重要な行政サービスなのです。それらが、うまく機能し、観光客も利用するようになれば自ずと滞在時間が増え、消費量も増し、地元が潤い、その分の税収も得られるのです。</p>
<p>たしかに、旅行者や観光客の持ち込むゴミの中には他の自治体で購入したものも多く含まれますが、それは旅行社が移動する特性上仕方が無いことで、逆に、自分の自治体で購入したものが次の自治体でゴミとして出されることもあるのです。ですから、自分のところで買ったもののゴミしか受け入れないというのは身勝手というほかありません。</p>
<p>とても簡単なことなのです。観光客に少しでも地元のものを買ってもらい、少しでも長く滞在してもらいたいと思うなら、きちんと行政サービスも受けられるようにすれば良いのです。居心地がよければ人はそこに留まりたいと思うものなのです。</p>
<p>しかし、本当の旅行者の利便性を重視し、観光振興を図りたいと考えているなら、ゴミ箱など撤去し観光客の利便を考えない自治体は都道府県などで観光パンフなどのページを削減し、逆に観光客にも行政サービスを同じように展開している自治体にその分のページを配分することも観光立県を勧めるために必要だと改めて感じました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とりあえず、北海道日高町と京極町では今後は買い物をしないことにしました。</p>
<p>（その場で食べたりする分だけならいいけど、飲料など持ち越してしまう分は他の自治体にわるいのでそのような自治体での買い物を控えることをお勧めします。）</p>
<p>他にもゴミ箱撤去を進めている自治体では買い物をしないことをお勧めします。</p>
<p>でも、今回名指しした日高町と京極町は僕の移動ルート上もっとも重要でいつも泊まる所だけにゴミ箱が無いということは毎度ここで手痛い打撃を被るのです。車の中がペットボトルや弁当の空でゴミ箱状態になってしまいます。今回はそういうことで日高町では何も買わないで通過して札幌まで、札幌で食料を買って京極町では車中で寝るだけにして、長万部で買い物とゴミを棄てるようにしました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>でも、そんな中、いつも偉いなー！！凄いなー！！感謝だなー！！と思っているのが大曲の花火大会。</p>
<p>あれだけの観客の出すゴミを全て持ち帰らせずに、大曲で処理していること。</p>
<p>これには頭が下がります。ですから、せめて観光客のできることは大曲へは物を持って行かないで、全部現地で購入してあげましょう！！</p>]]></description>
            <link>http://osyorokoma.net/gu/2008/09/post-15.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">地方の憂い</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 07 Sep 2008 21:55:43 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>聖人生まれて大盗起こる</title>
            <description><![CDATA[<p>聖人生而大盗起</p>
<p>『　荘子　』</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>聖人が出現したために大泥棒が現れる。</p>
<p>儒家が聖人の道徳規範を政道に反映させたため、逆にそれを悪用したりする人が蔓延ること。</p>
<p>今回、この言葉がピッタリなのが　著作権に関連するコピーワンス制度。</p>
<p>実はパナソニック製ＨＤＤレコーダが故障してメーカーに修理に出しました。</p>
<p>購入半年で2回目の故障なので、ちょっとムカッとしてますが、それでも人間の作るものですから、偶然というのもありますし、ものづくりに携わっていると、絶対とかいうことはありえないということがわかってるので、この際、何処のメーカーとかは関係ないのですが・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>頭にくるのはデータの復元に関して。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>デジタル放送が録画できるＨＤＤレコーダは現在コピーワンスでバックアップを録ることができません。ＤＶＤへデータを移動することはできますが、移動した先のＤＶＤで不都合が起きると録画したものが完全に見ることができなくなります。</p>
<p>仕事関係で取材なのどの放映をＨＤＤで録画していたのですが、それらが今回の故障で失われてしまいました。幸い一部の番組は局や製作会社から録画ＤＶＤを頂いているのですが、僅かしか映っていない番組や、祖母の映っていた番組など僅かの取材だったためかもらっていなかったそれらが失われてしまいました。</p>
<p>コピーワンスでコピーはおろかバックアップすら録ることができないので、そのままＨＤＤに入れていたので完全に失われてしまいました。</p>
<p>さて、デジタルの強みは映像が劣化しない、したがってコピーされると劣化しない完全な複製品が出回ることから極めて強権的なコピーワンスで保護されています。</p>
<p>ただ劣化しないと謳っていますが、実際は真面目にバックアップもとらないでいると、ＨＤＤは信頼性が低く、ＤＶＤも紫外線などに弱く経年劣化、傷なので、アナログと違ってある日突然失われるというこがあるので、劣化はしないけど<strong>完全に失われる</strong>というのが正しいのです。</p>
<p>ちなみにＨＤＤレコーダもデータ自体が破損していることは少なく、専門会社に依頼すると高額ではあるけど、ホームビデオで撮影、録画したデータ復元は可能です。ただ、コピーワンスで保護された番組データは、データを取り出すことができてもCPRMで制御されて鍵がかかっている状態で再生することができないのです。</p>
<p>しかし、著作権権利団体のいう"<strong>劣化しないデータ</strong>"の著作権保護のため導入されたのであれば、真面目にバックアップすらとらず１データしか保持していない状態でデータが破損した場合、きちんとデータの復元を補償するべき。でなければ、違法コピーしている人たちはデータを保持できるけど、真面目な人たちは泣き寝入りするしかありません。通常、コンピューターソフトもダウンロードで購入した場合、インストールソフトが破損した場合など、再ダウンロードが可能で、コンピューターソフト会社の対応は十分満足できるものです。</p>
<p>そしてＰＣの場合、ＯＳ含め通常ＰＣのソフトはバックアップが可能で、こまめにバックアップをとることで不測の事態に対応できます。</p>
<p>ＨＤＤレコーダもそういった仕組みをとるべきで、その対応は技術的には簡単なことなのです。</p>
<p>きちんとバックアップの仕組みがとれているのなら、コピーワンスもまったく問題ない制度だと思うのですが・・・。</p>
<p>今回はＰＣも故障でＨＤＤ交換があったのですが、こちらはなんの不満もなく「お願いします」とだけメーカーに伝えたのですが、ＨＤＤレコーダに関しては絶対に納得いきません。</p>
<p>まさしく『　<strong>聖人生まれて大盗起こる</strong>　』　</p>
<p>今回のことで著作権権利団体が偽善的で、違法コピーを助長しているかがわかりました。</p>
<p>コピーワンスは大泥棒をつくり、真面目な市民を苦しめる悪制度であることがわかりました。</p>
<p>とりあえず、デジタル放送をアナログ化してでもバックアップしておくべきということがわかって大変勉強になる一件でした。</p>
<p>著作権に関しては他にも２，３頭にくることがあったので、また書くかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>]]></description>
            <link>http://osyorokoma.net/gu/2008/06/post-14.html</link>
            <guid>http://osyorokoma.net/gu/2008/06/post-14.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ものづくり</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 24 Jun 2008 23:53:34 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>天地不仁、以万物為芻狗。</title>
            <description><![CDATA[<p>今回の四川省大地震の影響もあって、今年のチベット旅行は中止しました。</p>
<p>四川省成都から地震被害のもっとも激しかった都江堰、文川などを通過して青海省へ抜ける川青公路のルートが旅程でした。</p>
<p><strong></strong>&nbsp;</p>
<p><strong>天地不仁、以万物為芻狗。</strong></p>
<p>　　　『　老子　』　五章</p>
<p>天地には仁愛の情はなく、天地は万物を藁人形の扱う。</p>
<p>今回の地震の被害をＴＶで見るにつけ、この言葉が重く圧し掛かります。</p>
<p>老子は儒家の仁は人間社会の狭い規範に基づくもので、もっと広い天地の世界では無情と無関心が万物の関係要素だと説いたようですが、だからこそ、人智が仁愛を以って天地の不仁を補い人を救う必要もあると感じました。</p>
<p>そして、まだ多くの人が瓦礫の下になっている時に不謹慎なことですが、自然の圧倒的な力の造形についても考えさせられます。</p>
<p>というのも、多くの人に感動を与える自然のダイナミックな景色の根底にある力は今回の地震のような人知を超える圧倒的なパワーによって得られているからです。</p>
<p>地震だけではなく火山や洪水などがもたらした結果として、我々が感嘆する雄大な景色の下には、多くの犠牲者がいることも多々あるのです。</p>
<p>四川省の山岳部では山崩れで堰止湖ができているらしいですが、東チベットの然烏という場所も大規模な山崩れで堰止湖が形成された場所です。</p>
<p>暇で興味がある方はグーグルアースでチベットのラサの西にある『　Rawok　』を検索し、そこにある写真を見てみてください。</p>
<p>大変な被害をもたらした山崩れだったようですが、この美しい景色には感嘆してしまいます。</p>
<p>日本にも会津磐梯山の周辺の桧原湖など美しい場所が多くありますが、多くの自然の美しい景色というのは、一方でこういった自然の脅威で犠牲者の上に作られたものも少なくないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自然災害の悲劇は絶対に忘れてはならない一方で、復興のためにいつかはイメージの転換が図られなければならない、それでいて犠牲者と教訓のために負の部分も受け継いでいかなければならない。</p>
<p>今回の四川は現在進行系なのでもちろんですが、全ての自然の雄大な景色を見る度に、心の片隅にでも犠牲者のことを考えようと改めて思いました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>天地に藁人形のように扱われないために、科学技術の発達が必要なのだと改めて思う大災害です。</p>
<p>一方で人類の科学技術の発展が天地に対して不仁に接し、互いに不仁を貫いた結果として地球温暖化があるのでは？と考えてしまいます。</p>
<p>天地は不仁でも</p>
<p>人智は万物に仁愛をもって接する必要があると考えさせられる昨今です。</p>
<p>四川大地震とミャンマーサイクロン被害の犠牲者の冥福と、早い復興を心から祈ります。</p>
<p>それとできることは少ないですが、募金と、まだ先の話になりますが、復興したら必ずこの地を訪れようと考えてます。　</p>]]></description>
            <link>http://osyorokoma.net/gu/2008/05/post-11.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">自然</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 19 May 2008 23:51:34 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>郷に入っては、郷に従え</title>
            <description><![CDATA[<p>入其国者、従其俗</p>
<p>　【　淮南子　】　斉俗訓</p>
<p>他国に入るなら、其の国の習俗に従う。</p>
<p>「郷に入らば、郷に従え」が有名ですが、この続きがよいのです。　</p>
<p><strong>是故入其国者从其俗，入其家者避其讳，不犯禁而入，不忤逆而进，虽之夷<br />狄徒倮之国，结轨乎远方之外，而无所困矣。</strong></p>
<p>「他国に入ったなら其の国の習俗に従い、</p>
<p>其の家に入っては諱を避け、禁を犯さず入り、逆らわないで進めば、</p>
<p>異民族の国へ行って、遠方と輸送路を結んでも、困るようなことはない。」</p>
<p>大体こんな感じの訳でしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>チベットに於いても、昔から多くの民族が往来していました。</p>
<p>青海省には有名なシルクロードも通っています。</p>
<p>シルクロードといえばＮＨＫの番組で、青海より北の河西回廊の敦煌を通るルートが有名ですが、同じかそれ以上に青海省を通過するルートも重要だったのです。</p>
<p>有名な文成公主もここを通り、青海湖からチベット高原へ入り吐蕃王国へ嫁ぎました。</p>
<p>文成公主は唐の太宗の時代、皇帝の娘ですが、シルク（蚕）を国外へ持ち出したことで有名です。</p>
<p>唐の皇帝の娘ですが、チベットでは観音菩薩の化身として崇められています。</p>
<p>昔からチベットは重要な交易路が幾つも縦横に走っていました。</p>
<p>最近、話題の茶馬古道もそうです。</p>
<p>大昔から、反発や騒乱、戦争は幾度もあったのでしょうが、それでも、商人や隊商、玄奘三蔵のような僧侶や旅人達は、通過するそれぞれの国や民族の異なる習俗や誇りを大切に、且つ、それも旅の楽しみや勉学の一つとして、少しずつ信頼を得て、道を切り開いていったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>いま、僅か数年で青海チベット鉄道が開通しました。</p>
<p>多くの人々がチベットの文化や自然に魅せられて、訪れる機会がせっかく得られたのに、チベット人の誇りや文化を虐げるような、中央の資本が一斉に入り込んでしまいました。</p>
<p>それまでの漢民族や清真の商売人たちが長い時間をかけて築いてきたチベット人との信頼や文化の交流も無にしてしまうような、勢いで開発されて定住化や農場化を押し進めています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>近代化の名の下に、郷の人々を抜きに開発を押し進める手法は、観光産業のうえからもマイナスでしかありません。</p>
<p>日本も含めて先進国の多くが、観光資源となりえる多くの地域文化を失いました。</p>
<p>せっかく、チベットの自然の中で暮らす人々の文化や習俗に触れることを楽しみにしているのに、大きなホテルやロープーウェイなどまるでテーマパークのような観光施設を作ろうとしています。</p>
<p>旅の楽しみは、リアルにそこで暮らしている人々と触れ合える、そのときに、現地の人が自分たちの暮らしを誇りをもって、旅人を心から歓迎してくれるような、政治、経済環境が整えることが体制に求められることなのです。</p>
<p>しかし、グローバリズムによってその地域や地方の文化、経済は大きな打撃を喰らっています。</p>
<p>そして、その反動でグローバリズム反対、過激な地域主義、民族主義的思想も台頭してきました。</p>
<p>世界中で民族紛争が激化していますが、大半が経済格差（とくに資本力の差）から発生しています。</p>
<p>民族や宗教の違いは、精神的拠り所としての旗印的なものとして使われているにすぎないのです。</p>
<p>グローバル化社会でも、少しでも地域や地方で活動する場合「郷に入っては、郷に従う」姿勢があったなら、その反動も和らげることができるのに・・・。</p>
<p>結局、グローバル企業や中央行政府がその地域ごと民族ごとに、製品や商展開、施政を変えていては無駄が多く、グローバル化とはいえないからなのでしょう。</p>
<p>そう考えると、グローバル化と地域の文化と経済の存続は相容れないものなのでしょう。</p>
<p>だからといって、過激な民族主義や宗教に名を借りた暴力を肯定する気持ちはありません。</p>
<p>世界の政治と経済が権力や資本力ではなく、シルクロードの時代のようにそれぞれの国が地域の社稷を守り、人と人同士の努力と信頼の交易が大によるところになれば良いのにと思うのですが・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>中国だけでなく、日本も、世界中の政府とグローバル企業には地方に対しては　『　入其国者、従其俗　・・・　』の通りの政策を期待したいものです。</p>]]></description>
            <link>http://osyorokoma.net/gu/2008/05/post-10.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">文化</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 11 May 2008 23:37:03 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>不便の条件</title>
            <description><![CDATA[<p>ここ数年、自然保護が叫ばれていますが、その一つに一部の山岳道路の開発中止や、車両規制の動きがみられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自然保護活動家の中には、国外の様々な事例から車両の規制や交通の便の悪い地域でも大きな観光収入を得ている地域もあることを紹介し、これら不便を強いられても経済的ダメージは少ないと論じています。しかし、この主張には決定的に抜け落ちている部分があるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>確かに交通の便の悪い地域でも世界的に有名な観光地やリゾート地は数多くあります。その中でもあえて道路整備を行わない地域もあるのですが、その地域に共通するものがあるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それは、地域や地元民の権利が非常に強力だということです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば、世界的にも有名なペルーのマチュピチュ遺跡。</p>
<p>マチュピチュ遺跡に行くにはペルーの古都クスコから、ふもとのアグアスカリエンテスまで移動しなければなりませんが、基本的に鉄道しかありません。</p>
<p>鉄道でアグアスカリエンテスに着くと、そこからはバスでの移動になりますが、ここまで道路がないので、遺跡までのバスは全て地元民の運営するバスです。</p>
<p>地元の人も道路の開発は反対です。なぜなら客が増えても外からバスが入ってきて客を奪われるからです。</p>
<p>同じ理由でロープーウェイなども歓迎しません。</p>
<p>完全な地元独占市場になっているのです。</p>
<p>またクスコでは観光バスには必ず地元民をガイドとして乗せることが義務付けられてます。</p>
<p>観光資源が地元民のものであるということを地元民も国も訪れる観光客も理解している結果で当然のことなのですが、今の日本人や中国人には理解不能なはず。</p>
<p>グッバイボーイたちの活躍がとくに面白く、子供のうちからマチュピチュが大切な自分たちの資産であることを実感できるのだと感心しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もう一つはよく車両規制の引き合いに出されるスイスのツェルマット。</p>
<p>ツェルマットは特に成功の実例としてあげられているけど、基本的に経済構成まで含めた解説がなされることはほとんどない。</p>
<p>僕も一度行ったきりなので詳しくはわからないけど、ホテルやレストラン経営に関して親族経営が多いように見受けられる。大手ホテルもあるが、町全体では一つのポイントとして存在しているようで、圧倒的に地元経営の施設が多いようだ。車両による大量アクセスが制限されていることも大規模ホテルの進出を阻んでいるように見えるが、山岳民族特有の地元意識が外の資本に関して本当に地元に益のある企業しか入れないという姿勢がありありとみえる。</p>
<p>地元意識は随所で見られる。地域の固有の文化とそれを支える地域経済の権利が法的にも制度的に認められている連邦国家ならではの繁栄と思える。</p>
<p>ちなみにスイスの市町村の数は２８００を越える。</p>
<p>同じ面積で同じ人口の東北六県はいまいくつの市町村になってしまったのだろうか・・・。悲しい現実。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>アメリカの自然公園の中には地元の元林業従事者がガイドになる優先があったり。</p>
<p>イギリスの世界遺産の炭鉱だったかな？確か地元出身の成人男子のみが採掘権を有するといったところもあったはず。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>では日本で同じようにアクセス不便な観光地が自立的に成り立つかというと、答えはＮＯ！！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なぜなら、観光資源の地元帰属意識が住民も観光客も行政も希薄なので、地元の権利を主張できない。また、そういった特定の地域の利権のみを主張できる法的根拠もない。平等主義と自然については特に、みんなのもの意識や国家資産意識が強すぎて、外部資本の流入を制限し、地元が独占することはできないのです。</p>
<p>みんなのものだから規制は一律。</p>
<p>入っていけない場所は地元民も入るな！！</p>
<p>開発してイイ場所は地域の外の資本にも平等に機会を！！</p>
<p>結局、資本力のある大企業が流行で開発して、客が来なくなったら使い捨てのように撤退する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば、国内の山岳自然遺産も</p>
<p>・山岳道路に接する地域に居住し本籍を有するもののみ旅客運送を認める。</p>
<p>・国立公園内に於いては接する地域の居住者のみ営利活動を認める。</p>
<p>・地域の居住者以外の山菜の採種及び狩猟を禁ずる。</p>
<p>・ガイドは地元居住者以外は登録制とし、ガイド料は地元居住者ガイドと協議して決定する。</p>
<p>最低限上の条件であれば、地元民も車両規制大賛成が多くなると思うし、地元民が自然資産から収入を得られれば大きな誇りに繋がるのですが、現実には運輸に関してだけでも2種の取得や営業車両の様々な規制や検査で地元民が個人レベルで独占的旅客運送をするのは絶対的に不可能なのです。</p>
<p>まして、合併で地元範囲が広くなりすぎている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>マチュピチュ遺跡は世界的にも有名で、何もしなくても観光客が来る場所だからという主張もありますが、逆に世界中の人から注目を浴び、世界的な遺産であっても、地元の権利が強力に認められていることに注目して欲しいのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>マチュピチュほどでもないヨーロッパアルプスのリゾートでも、アメリカの国立公園でも、日本と中国を除くほとんどの国と地域は観光地のでの営業権は地元優先なのです。</p>
<p>ただ中国ですら九寨溝内の商売については地元チベット人に限定（放牧を禁止した代わりに）してますが、バス運行やリフト運行までは任せてないようでそれは少し残念です。</p>
<p>中国のことをいうと、万里の長城の上でたくさんの人が商売をしていましたが、僕はとても面白く、日本よりは自由でいいなぁーと感心しました。たぶんしょば代が掛かってるんだろうけど。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>日本の税金で販売施設を作ったはいいけど、地元のものが売れないので中国製のオモチャやお土産を売っているような状態よりは、遥かにイイと思えるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>利便性の高い地域に暮らしている人々が</p>
<p>そうでない地域に不便を強いるなら、</p>
<p>権利という対価で支払うべき！！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自然が資産というなら、その益を地元へ！！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自然が未来永劫守られることを望むなら</p>
<p>それを守る地元民が</p>
<p>そこから生活の糧が得られる制度を！！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば僕なら早池峰山のマイカー規制について、</p>
<p>地元の民宿の送迎車両および地元施設の車両のみ運賃営業を認めるようにするけど。</p>
<p>いま、旅客運送の規制では宿泊施設が旅客運賃をとって営業することを認めていないけど、車両規制地域に関してはその不便に見合う対価として地元への運賃営業権利を認めるべきだと思うのです。</p>
<p>どのような権利が良いのか、それは権利を求める地域によって異なるし、その違いが地域の特色となり利益に繋がるのです。</p>
<p>やっぱ横並び主義の日本には向かない制度ですね・・・。</p>
<p>不便というのは、権利という条件によっては十分に美味しい話なのですが、日本人には縁遠い話かもしれません。</p>]]></description>
            <link>http://osyorokoma.net/gu/2008/04/post-9.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">地方の憂い</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 17 Apr 2008 23:07:21 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>一罰百戒？</title>
            <description><![CDATA[<p>北海道で起きたひき肉偽装事件の裁判で一部の報道が『　一罰百戒　』という言葉を使って、社長に重い刑が言い渡されたと報じていましたが・・・。</p>
<p>『　一罰百戒　』</p>
<p>どこの出典かはわからないけど、</p>
<p>・刑一而正百、殺一而慎万。</p>
<p>　　　『　塩鉄論　』　疾貪</p>
<p>・殺一以懲万、賞一而勧衆。</p>
<p>　　　『　群書治要　』</p>
<p>・賞一以勧百、罰一以懲衆。</p>
<p>　　　『　文中子　』　立命</p>
<p>の３つが似たような意味と思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もし、これらが出典だとすると、かなり作者の意図するところと違う意味で使ってしまっている言葉だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これら３つの云わんとするところで、重要なのは『　一を刑する　』・『　一を罰する　』・『　一を殺す　』の『　一　』を指すのが何かということです。</p>
<p>この３つは治国の基本を述べていますが、『　一　』は実を言うと王族や側近など影響力のある人物を指しています。</p>
<p>当時は法をいかに守らせるかということに重点があったのですが、その法を歪めて守らなかったのは主に王族や側近たちでした。</p>
<p>しかし、王族や側近達が法を守らなければ、民も法を軽んじて法を守るものがいなくなってしまう。そこで、王族や側近といえども法を犯せば刑罰は逃れることはできないと示し、民にも法の遵守を促したのです。</p>
<p>上の言葉に倣い、兄弟や息子でも罰した王もいましたし、側近中の側近を罰した例もあります。一番有名なのは『　涙を揮いて馬謖を斬る　』諸葛孔明などです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>『　一　』は現代に置き換えるなら、政治家や上場大企業でしょう。</p>
<p>&nbsp;したがって、北海道の一中小企業の社長を罰しても『　百戒　』にはならないのです。</p>
<p>もし検察が意識的に立件し、裁判官が上の言葉を使ったとしたなら大問題です。</p>
<p>法の下の平等もなく、地方の庶民だけは重い刑罰を与えるが、大企業は影響力を考慮して甘い処罰で済ませるとしたら、『　一罰百戒　』とは逆の行為なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかも、毎度毎度北海道が最初の『　一罰　』のターゲットにされていること。</p>
<p>不思議でしょうがないですね。</p>
<p>北海道拓殖銀行は潰されるは、リゾートの相次ぐ破綻、雪印、白い恋人、ひき肉、鈴木宗男、夕張・・・</p>
<p>同じような事件や事柄でも、中央の大企業なら数日の営業停止や謝罪、経営の交代、辞任、政治家も辞任やいろいろな画策で、うまいこと切り抜けられるけど・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これで北海道の民族が違っていたら大変な問題になっていたと思うのですが・・・。</p>
<p>民族が同じということが、地方にこれほどの無関心を根付かせるのかといつも考えさせられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>皮肉ですが非暴力でしかもなんの要求も改善も求めない北海道民にぜひノーベル平和賞を授与してもらいたいものです。まあ日本人全員がノーベル平和賞向きですね。</p>]]></description>
            <link>http://osyorokoma.net/gu/2008/04/post-8.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">地方の憂い</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 16 Apr 2008 22:52:33 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>文化の死の影　1</title>
            <description><![CDATA[<p>ここ数日、ひじょうに怒っているのですが・・・。</p>
<p>チベットで騒乱が起きてこのブログをはじめましたが、肝心のチベットについて投稿しようという気が起きません。書いてはいるけど、いざ投稿する段になると、とても過激であったり、まるで無限ループのように理論が同道巡りをしたり・・・。</p>
<p>チベットで起きていること、そして世界中の地方で起きていることと、自分の身の回りで起きていることの本質は同じなのですが、とても大きな問題で何から書いたらいいのか手の付けようがないのです。</p>
<p>多くの人がチベット人が抑圧されて自由が奪われていると思い、少し事情通の人がチベットの資源が奪われ、チベットの生活文化が破壊されていると主張しています。正確には後者のほうが現実ですが、苛酷な地のチベットでは資源の確保のため土地を追われたり、それまでの生活文化が奪われるという事が、即座に生命や地域の崩壊に繋がりかねないので、抑圧されていると感じる感じ方も、我々先進国の地方の比ではないというのも事実です。</p>
<p>亡命中のダライ・ラマも　『　文化的虐殺が起きている　』　と声明を発表しましたが、まさしくその通りなのですが、当の中国の漢民族といっても特に中央の上海・北京を中心とする急激に増加した富裕層はその実感は全くないのです。</p>
<p>これは、中国人だからとか、共産主義だからというのは関係ありません。</p>
<p>植民地の宗主国の国民の多くがそうであったように、</p>
<p>「我々の税金を使って立ち遅れた地域の社会基盤整備をしてやってるのに！！」</p>
<p>「高度な技術や社会システムを無償で提供し、医療や教育の水準を上げるための努力をしてやってるのに！！」</p>
<p>「安く品質の高い品物を供給してるのに！！」</p>
<p>枚挙に暇がありませんが、現在の中国国民の多くはチベット人を決して抑圧してるとか、弾圧しているという実感はないのです。これは、日本人だって中国に対してそうであったように、大凡世界中の少し影響力のある国は少なからずあることなのですが・・・。</p>
<p>このことはダライ･ラマも中国の漢民族やその他の民族のことで、決して悪く言っていないことからも、たぶんよくわかっていることなのだと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>チベット自治区のポタラ宮前に某有名ファーストフード店が出店したそうだけど、すぐに僧侶を中心とするデモが発生したと聞きました。今回の騒乱以前の話です。ちなみに世界中にあってアメリカが発祥の鳥唐揚のお店だったかと思います。</p>
<p>この話を聞いた時、</p>
<p>「たぶんこれからも起きるだろうな」</p>
<p>と思ったのを思い出しました。</p>
<p>それと同時に、そんな風に世界中の経済や文化を支配したがってる国民が、今回の騒乱で偉そうに中国のことをこれだけ批判できる資格があるのか？とも思ったのですが・・・</p>
<p>そういえば一番聖火リレーで大騒ぎをした、離婚してすぐ再婚した大統領の国だってベトナムで同じことをした過去があるのです。たしか当時、東洋一の橋をベトナムに建設して、米の流通を牛耳って植民地経営をしたり、別の国では農業機械を売り込んで大儲けをしたり。植民地の少数民族を花の都に集めて大博覧会をしたり。1回目の大戦争でだましてつれてきて兵士として使ったり。</p>
<p>もちろん過去の日本だってそうですし、現在の日本だってチベットを哀れみ、中国を批判する資格はないと思うのです。</p>
<p>そして国家と国家、民族と国家、民族と民族の間でだけで起きている問題ではないのです。</p>
<p>私達の身近にもある問題で、しかも、同じ民族、同じ国家であるぶんたちが悪いのです。</p>
<p>ハッキリ言って、</p>
<p>チベットでは『　文化的虐殺　』が起きていて、</p>
<p>日本の地方では『　文化的自殺　』が起きているのです。</p>
<p>一軒のファーストフード店が原因の全てではなくても、それでデモや騒乱が起きるくらいの民族的誇りがあるチベット人は健全といえますが、日本の地方はどうでしょうか？</p>
<p>地元が挙って誘致した新幹線駅の駅前の店舗。看板を見るだけで、いかに地元企業が減り、中央支配が進んだことか。</p>
<p>チェーン店のスーパーや大型ショッピングセンターが増える一方で、地域の小さな商店のいくつが姿を消したでしょうか？</p>
<p>経済だけではありません。あらゆる分野で中央支配が進みましたが、誰も気に留めません。それどころか、より中央に近づこうと地域の固有のものを切り捨てていきました。</p>
<p>今もこの傾向が強いです。</p>
<p>あらゆる資源を中央企業に開発させ、譲渡し、あるいは企画料を巻上げられ、誘致企業やバイパス建設に熱を上げる一方で、地域の潜在的資本力はどんどん減少しています。</p>
<p>地域経済の死は、やがて生活を含めた文化全般を死滅させ、中央の文化に侵食されるのですが、それを、地域の人々自身がそれでよしとしているのですから、『　文化的自殺　』です。</p>
<p>もう少しわかりやすく解説しましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>【　社会基盤の脆弱な地方に　</p>
<p>　　　中央の経済的に豊かな場所で得た税金を投入して整備を進めましょう。　】</p>
<p>　　　　　　　↓　</p>
<p>一、高速交通網として鉄道を整備しましょう。</p>
<p>　　　　　　　↓</p>
<p>一、建設要員は地元雇用、下請企業も起業します。</p>
<p>　　■しかし、あくまで労働者です。建設費用のうち企業の利潤の分は中央に還元していきます。</p>
<p>　　■建設終了と共に労働者の職はなくなります。</p>
<p>　　■地元企業が中央から買わされた技術や専用の建設機械は工事終了と共に用がなくなり、支払いだけが残ります。</p>
<p>　　　　　　　↓</p>
<p>一、高速交通網が整備され駅ができました。</p>
<p>　　◆資本力の強い中央のホテルが進出してきました。</p>
<p>　　■地元は社会資本が脆弱＝経済の資本力も小さいので駅ができてもすぐに開発はできない。</p>
<p>　　■資産が少ないので融資を得られなかったり、得られても中央の企業より少ない。</p>
<p>　　■高速交通網が整備されることで、店舗数の多い企業が効率的に展開でき、地元店舗のみの企業は駆逐される。</p>
<p>　　■大きな中央資本のホテルは建物を同じ企画で作り、営業も同じ資材を使えるので原価を下げる事ができる。一方、地元店舗のみのホテルは客室数が少なく効率的な営業はできないので原価が高くなり競争に負ける。</p>
<p>　　■地価が上がり、ますます地元企業は開発ができなくなり、中央資本の企業だけが駅前など条件の良い土地に進出する。</p>
<p>　　■地元民は雇用だけで、利益は中央へ吸い上げられます。</p>
<p>　　■周辺の観光地や行楽地もおなじ現象が起きます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>二、高速道路とバイパスを建設しましょう。</p>
<p>　　■チェーン店企業が薄利多売で展開できますが、地元は中心部の客離れで苦しい経営を迫られます。</p>
<p>　　■地元企業が中心部とバイパスに２店舗を出すと、自分の店の客を奪うことになる一方で在庫が倍になり経営を圧迫。さらに、チェーン店の進出でトータルの売り上げでも１店舗分にも満たない事態が発生する。</p>
<p>　　■高速交通網が発達するほど地元の運送企業は中央の大企業に駆逐される。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>社会資本の整備の２つの事例で見ましたが、これは</p>
<p>チベットでは青海チベット鉄道の開通</p>
<p>日本では新幹線駅の開業で</p>
<p>全く同じ事が起きているのです。</p>
<p>道路網は西蔵公路などの国道整備。</p>
<p>日本でも全く同じです。</p>
<p>いま、あなたの近くの町のバイパスに行ってみてください。</p>
<p>おそらく、写真を撮って並べたなら、全国全て同じ写真が撮れると思います。</p>
<p>新幹線駅だってそうです。駅前の看板を見てください、ビルを見てください。</p>
<p>どの町も同じ看板、同じビルが建っています。</p>
<p>道路沿いや、駅だけではありません。</p>
<p>観光施設だってそうです。</p>
<p>生活のあらゆるところが中央資本になってしまっているのです。</p>
<p>それでも、なお中央資本を導入しようと地方の行政政府は動いているし、住民自身もそれが一番良いと思ってしまっています。</p>
<p>地元資本の企業は応援しないけど、中央資本はあらゆる特典をつけて誘致します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回の騒乱のさなか人民大会堂でチベット人行政官が　『　中央政府のおかげでチベットは大きな発展を遂げています。　』　と報告をしていましたが、</p>
<p>今日本の地方はことごとくそのチベット行政官達と同じなのです。</p>
<p>時を同じくしてガソリンの暫定税率の問題で暫定税率の維持を求めた市町村長たちは、中国の地方政府と全く同じ考えだということに気付かされました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自分たちの経済、自然、風土、文化を守れない、そんな日本の地方の人々にチベット人を哀れむ資格も、中国政府を批判する権利もないのです。</p>
<p>　　</p>
<p>ただ確かに同じ事が起きているのですが、スピードが違うのも事実。チベットでは日本の地方が経験した変化が僅か４年前～昨年で起きたのです。</p>
<p>たぶん、新幹線駅ができてしばらく経った地方都市の経済が、例えば福島、郡山、盛岡とかの駅開業前から今現在へ僅か４年で変化したなら、誰もが中央の資本の支配だと怒ったと思うのですが・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>中央資本を排除しろとは言わないけど、そして社会資本整備を全否定する気はないけど、地元の資本や資源の保持をきちんと考えていかないと、経済はおろか文化も死んでいくのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>よく時代の流れとか、生活向上とか、中央に頼る人たちは、いろいろ言い訳がましくも自分たちのしていることは正しいと考えているけど、このブログではそういったことを含めて、地方を取巻く諸問題をかなり厳しい見方で書き綴ろうと思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちなみに、中央という言い方をしたけど、東京の一部の地域や一部の人々、大阪、名古屋のような大都市や仙台、京都のような政令指定都市の一部でも同じようなことが起きていると思うので、決して中国政府の言ってるような分裂主義者ではないということを申し添えておきます。（笑）</p>]]></description>
            <link>http://osyorokoma.net/gu/2008/04/1.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">地方の憂い</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 13 Apr 2008 22:59:20 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>家鶏野鶩</title>
            <description><![CDATA[<p>厭家鶏、愛野雉</p>
<p>　　　『　晋中興書　』</p>
<p>家で飼っている鶏よりも外のアヒルやキジのほうを好むこと。</p>
<p>自分の国のものを嫌い、他国のもののほうが良いと思うこと。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>地方の人々の舶来主義は中央よりも強く、また地方の役人の中央至上主義も同様に強い。</p>
<p>国の地方機関や県ではほとんど問題にするレベルではなくなったけど、市町村の中央至上主義は根強いものがある。とくに合併市町村のほうがその傾向が強い。今後の自治運営の自信がなくて合併したのだから、そうなるのは当然といえば当然で、住民自体の思考が『家鶏野雉』に向いているのだからしょうがないのだが・・・。</p>
<p>中央至上主義については、またそのうち書こうと思うけど、今回は舶来主義と工芸に関して。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>舶来主義といっても僕はさほど悪いこととは思わないが、好みや機能よりも名前（ブランド）で選ぶ人があまりにも多い。</p>
<p>僕自身も海外の品物で気に入ったものなどは、さすがにshopで買うのは高いので、ebayで物色するけど、ブランド名で商品を検索することはほとんど無い。ハッキリ言ってブランドはあまりよくわからない。仕事柄多少は知っていないとまずいとは思うけど、大きなブランドでデザイナーを外部から雇ってる処は特に興味ない。</p>
<p>探す時は最初は商品の特徴や分類を現す単語を調べて検索する。</p>
<p>わかりやすい例で言うと『　norfolk　』とか『　trachten　』とか、それで多ければ更に細かく素材や特徴の単語『　full　belt　』とか『　hunting　』、そうして検索してざっと画像を見て、気に入ったのを見つけると、そのブランドで検索をかける。それでも、欲しいものに出会わなければ、ブランドの商品説明を翻訳サイトで翻訳し、商品特徴の中で気に入っている部分の説明の単語を再び検索。</p>
<p>そうして探し出すと、自分の本当に好みのものを見つけることができる。</p>
<p>ちなみに、外国語の翻訳をする場合に、インターネットの翻訳も便利だけど、↑のように特徴や分類を調べるのは、意外に紙の辞書のほうが使いやすい。紙の辞書とネットの画像検索で、頭の中の漠然とした欲しいもののカタチが出来上がっていく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>でも、この作業はとっても大事で面白い。雑誌やＴＶで人気のブランドを知って、そのままネットで検索するよりも、とても勉強になる。某ファッションショー番組や首都圏のブランド店やデパートのウィンドウを見るよりも、自分の本当に欲しいものを見つけられる。自分が何を欲しかったのかよくわかる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、このようにして欲しいものを見つける作業を、できるだけ多くの地方の人、しかもできればものづくりに携わる人が実践して欲しいと思うのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なぜなら、そうして欲しいもののカタチが出来上がると、ふと思うのです。</p>
<p>『これって、岩手の気候、風土にも合うんじゃないかな』</p>
<p>『岩手でも同じもの、いやそれ以上のものができるんじゃないかな』</p>
<p>『岩手でも根付かせるためには、ここをこうしたほうがいいんじゃないかな』</p>
<p>岩手にいて、岩手で育った自分が、本当に欲しいものを頭の中で組上げていったのですから、当然そうなります。もし、同郷で連絡を取り合わない人たちが上の作業で、かなり似通ったものを欲しいと思ったのなら、それは岩手の文化となりえるものなのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>たぶん、ただ流行りだからといってブランドから商品を選んでしまっては、その商品の持つ機能や意味を理解できないで使うことになる。そういった人たちが多ければ、いくら『地産地消』といいはっても、それも一時の流行で過ぎ去るのみ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちなみに、上の検索単語でもわかったと思うけど、僕がいま欲しいと思っているのは、イギリスのノーフォークジャケットなのですが、どうも素材の質感と一部のデザインが気に入らない。</p>
<p>岩手にはイギリスで発展したホームスパンがあります。それは岩手の気候風土にあったからで、そこから派生する服飾も岩手根付いて然るべきなのです。</p>
<p>ホームスパンがある岩手の人ですが、ホームスパンを意識しないで、自分の欲しい機能やデザインを突き詰めて考えていったら、ホームスパン素材が相応しいデザインへ集束していったのも面白いと思います。</p>
<p>やはり、極めて岩手的なものだと改めて思うのですが、ぜひ、多くの人に欲しいものをとことん突き詰めるということをやってもらいたいものです。</p>
<p>たぶん、今までお土産とか地場産品としか見ていなかったものが、とたんに誇れるもの、そして身に着けたくなるものになるのではないかと思います。なぜなら、この地で作られたものは、この地の人が考えて生まれてきたのですから、絶対に共感するところがあると思うのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>先日、ものづくりのセミナーがあり、そのときに講師が海外ブランドの看板には必ず地名が書いてあると指摘されて、地域に根ざしているということを話しておりました。</p>
<p>全くそのとおりなのですが、その地域の色であり、その地域の形が、凝結して生まれたのが多くの本来の地域ブランドであると思うのです。僕が大きなブランドほど興味がないといったのは、大きなブランドほど、外部デザイナーを入れて、その地域の色や形の多くが失われてしまったからであり、どこにでもある、どこでもつくれるというものになってしまったからです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とりあえず夏用にホームスパンじゃなく自家製＆自分専用を考えてます。</p>
<p>他社製は財布と相談して余裕ができたら、ぜひやりたいね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それと、合う靴（ブーツ）が欲しいけど、岩手には靴職人はいるのだろうか？</p>
<p>いつも、大砂河原の通りの馬具屋さんが気になるが、いつか寄ってみようと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>岩手に生まれて、岩手に育ち</p>
<p>あなたに感動を与えてくれた色はありませんか？</p>
<p>三陸の海の色。</p>
<p>春の新緑。</p>
<p>秋の紅葉。</p>
<p>あなたの傍に常にあって欲しいとは思いませんか？</p>
<p>あなたが身に着けたい岩手の色はないのですか？</p>
<p>あなたが異郷人に岩手の景色を尋ねられたときに、</p>
<p>その感動の色を伝えられるものを持っていますか？</p>
<p>三陸の海は、このブラウスのように。</p>
<p>岩手の紅葉は、このスカーフのように。</p>
<p>春の新緑は、このショールのように。</p>
<p>&nbsp;</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ものづくり</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 01 Apr 2008 22:46:42 +0900</pubDate>
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            <title>文化の優劣</title>
            <description><![CDATA[<p>習慣や風俗は常に大国や経済力のある地域の影響を受けますが、だからといって大国の、経済力のある地域の風習が優っていて、小国や地方の習俗が劣っているということではありません。</p>
<p>習慣、風俗、習俗、風習びみょうに言葉の意味が違いますが、面倒なのでひっくるめて文化とします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2000年ほど前の中国の漢帝の一宦官の中行説が匈奴へ帰順しました。</p>
<p>当時漢帝国は北方の騎馬民族である匈奴へ皇帝の娘などを嫁に出す『降嫁』やたくさんの贈り物をして和親を保つ政策でした。</p>
<p>匈奴へ帰順したのは、その『降嫁』で公女（皇帝の娘）の身の回りの世話をさせるための宦官の中行説というひとでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>中行説は不純な動機でしたが、匈奴の文化を守ることを匈奴の王である単于に説き、信任を得て仕えました。</p>
<p>彼の不純な動機というのは、自分を戻ることのできない辺境の匈奴の地へ追いやった漢の朝廷に対する恨みでしたが、普通の策士なら、漢帝国の制度や仕組みを使って匈奴を強国へしようとするのが普通。彼の功績は、匈奴の地域に根ざした伝統的文化こそが、強さの秘訣であり、守るべきものだと説き、漢帝国の産物に溺れはじめた匈奴の生活文化を強く諌めました。</p>
<p>衣食住も基本的に匈奴のものがもっともこの地に於いて優れているとして、絹織物と以前の毛皮の民族衣裳とで茨の路を行かせ、毛皮がいかに優れているかを説き、漢の食物より匈奴の乳製品のほうが力もでるし、美味いということを単于自ら示すことを諭しました。</p>
<p>移動式の住居も極めて匈奴の強さに必要不可欠なものであるとし、それまで、獣を喰らい、定住しない蛮族とされた匈奴の文化を強く誇りを持って弁護しました。</p>
<p>彼は獣を喰らい定住しない蛮族へ追いやった朝廷への恨みで、漢の災いとなることを目指し、匈奴に帰順していたのですが、彼がこういった匈奴の文化を強く弁護したことからも、おそらく、実際に匈奴の文化に触れて、けっして蛮族ではなく優れた文化を持った民族だという事がわかったのではないでしょうか。</p>
<p>彼は、漢の使者が批判した、匈奴の風習である、兄弟が一人の妻を娶ったり、父子兄弟が死ぬと残ったものが未亡人を妻にすることなども弁護しました。</p>
<p>家系の断絶を防ぐだけでなく、厳しい自然環境の中で未亡人も含めて、一族が結束して生活するための当然の風習なのです。もし、未亡人を家から放り出したらどうなるでしょう？残された子供達は？新しい、妻を娶って生まれた子供達と増えた家族を養うだけの遊牧地は？家系種族の断絶を防ぐだけでなく、過剰な一族の増加を防ぎ、生活の糧である遊牧を確実に次代へ残すためのものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、今では兄弟で一人の妻を娶ったり、未亡人を兄弟や子が引き続き娶ることは、恥ずかしい風習と思っている人々もかなり多くなったようです。</p>
<p>チベットへ行ったときに昔はと前置きされながら、こういった因習は恥ずかしいことのように語っていた人がいたのですが、中国の中央政府の教育のせいなのかと残念に思いました。でも、他民族である僕が、中行説のように、チベット族に帰順するわけでもないのに「それは違います」と言うのもおかしいと思い何も言わなかったのですが・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>教育や衣食住の基本的な文化は、チベットだけでないのですが、世界各地の地方に於いて、日本も例外ではなく、その地域の固有のものが次々失われていってます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>中行説</p>
<p>　動機が不純で事あるごとに漢帝国への抵抗を訴えただけに、評価の分かれる人ですが、僕は今の地方の人々が見習うべき人物の一人と思うのです。</p>
<p>　</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">文化</category>
            
            
            <pubDate>Sun, 30 Mar 2008 21:15:25 +0900</pubDate>
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