malma: 2008年12月アーカイブ

世界遺産 Ⅲ

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個人的に

世界遺産でもいいんじゃないか?とか

世界遺産も狙えたのに・・・もったいない。とか

あれが世界遺産ならこれだって!!

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★世界遺産でもいいんじゃない?

 

★ インド アーメダバード 階段井戸

  ただの階段井戸じゃないんですよ!!中には大変な装飾が施された規模の大きな地下施設みたいな井戸もあるんです。世界遺産として検討すべき歴史的建造物。

 

★ インド アーメダバード ガンジーアシュラムと繊維手工業の文化遺産

  ガンジーが非暴力、不服従とインド手工業の復活でインドの独立運動を行った地。

  彼は当時宗主国のイギリスの服を着るのをやめ、自分の服をインドの綿で糸車を使って手作りした。在来の繊維工業を潰され、イギリスの繊維工業の従属的な立場になったインドで、独自の繊維生産や精神を復興させる運動の中心地。インドの国旗の糸車はガンジーのこの運動によるもので、実際にガンジーが暮らした質素な家に展示されていました。

  今では地産地消が盛んにいわれているけど、地域の産業を守ることがどれだけ大事か今の日本人やグローバリズムに傾倒している人たちが絶対訪れて勉強するべき地です。

 

★ スイス マッターホルンとその周辺の山岳リゾート

  マッターホルンがきれい。なのは当然ですが、巨大山岳リゾートとしての文化的価値があると思うのです。スイスは同様の世界遺産でユングフラウがあるわけですが、ツェルマットは国境に接し、国境をまたぐなかでの山一つ越えた文化的違いが極めて稀有と感じました。料理の味付けが違ったし、醸しだす雰囲気がスイスとイタリアは違ったんです。

 

★ 日本 岩手県 松川地熱発電所 日本初の地熱発電施設 近代産業遺産

   日本の地熱エネルギー活用の発祥地であり、巨大な冷却塔施設も現在では世界各地で失われ、創業時からの冷却塔が発電所の歴史も物語る。現在でも営業を続けながら、多くの施設が創業時から残る稀有な地熱発電所。

 

★ 日本 山形県 出羽三山の山岳信仰文化遺産

   山岳信仰の中心地の一つ。月山、湯殿山、羽黒山の山々で修行する山伏、国宝羽黒山五重塔なども有名だが麓の寺に安置される木喰即身仏に圧倒される。自然や人智を超えた驚異に信仰の強さで立ち向かおうとした昔の人々の思いの結晶として後世に伝えるべき遺産。

 

★ 日本 大阪府 大仙陵古墳 (仁徳天皇陵)

   周辺の古墳群と共になぜ世界遺産にならないのか不思議なくらい。一応検討はされているみたいだけど。世界遺産になってもならなくても絶対に後世に残すべき遺産。

 

△ 世界遺産も狙えたのに・・・

△ 日本 岩手県盛岡市 多様な橋と河川共存の歴史文化遺産。

   3本の河川が集まる盛岡市は、上の橋など古い橋から近代の様々な形状、設計の橋が立ち並ぶ稀有な景観が昭和50年代まであったが、現在はドブ板のような特徴の無い橋に取って代わられてしまった。盛岡城(不来方城)の河川に囲まれた城郭遺産も魅力的。盛岡城は復元するべき稀有な天守閣です。 

 

△ 北海道 函館市 函館山山麓の多国文化の歴史地区

  明治の開国以来、函館山の山麓には欧米各国領事館が置かれ、正教、カトリックなど多様な国の文化と日本の江戸末期からの文化、日本の近代化の中の文化的変遷が見られる建造物など極めて狭い地域に密集して見られる地域。和洋折衷の民家なども見られるが・・・。長崎や横浜との違いは、とにかく狭い地域に寺、神社、カトリック教会、正教会、各国領事館、公会堂と旧南部屋敷(箱舘)の石垣、和風商家、和洋折衷の民家、昭和初期のデパート、銀行など建造物が密集混在していたこと。

  中華会館が閉館したり、マンションが建ったり、昭和初期の建物が老朽化したり、今手を打たなきゃ価値はどんどん下がる遺産。もう無理ですね。

 

△日本 岩手県 南部曲り屋

  これも、機能する集落としては失われてしまったので、残念ながら世界遺産を狙うことはできません。岩手県全域に曲り屋形式は見られたのですが、最近は観光施設以外では見る機会も減りました。残っていても茅葺ではなくてトタン張りで馬はいなくなっているとところがほとんどです。残っていたら白川郷と並び称されていたでしょう。

 

△日本 岩手県 釜石橋上市場

  失われた近代遺産の一つ。

  法や規制が地域の特色ある文化、なにより生活様式を破壊し地域経済を疲弊させる一方で、近年の大型店舗になすすべも無く、商店街に無駄に補助金を注ぎ込み続けるなかでの悲劇的遺産の消失。

 

△北海道 明治から昭和初期の開拓遺産

  日本が世界に通用する近代国家に変化していく過程の輝きと影が、開拓の土木建築という形で残っている北海道は世界に通用する遺産として価値があると考えてますが、残ってはいるけど、ただの観光地でただの観光資源でしかないことを考えると、先人達の苦労はなんだったのか?と少し暗い気持ちになります。

  稚内の北港防波堤などは極めて価値の高い遺産。

  稚内はこの遺産がきちんと活かされるような港湾振興を考えるべきだし、道内の全ての開拓時代の遺産同士の繋がりを意識した活用がされればもの凄い産業振興になるのだろうけど・・・。

 

まだまだいろいろあるけど、とりあえずです。

自然遺産の世界遺産登録はあんまり好きではないので、書きませんでした。

東北地方の縄文遺跡も素晴しい遺産ではありますが、たぶん、今発見されている遺跡より類稀なものが地中に埋まっているはずなので、これも今登録を目指すべきではないだろうなと思います。  

茂林之下

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茂林之下無豊草、大塊之間無美苗。

『 塩鉄論 』 軽重

林の茂みの下では草も増えず、大きな土の塊の間では苗もよく育たない。

 

国家権力が強すぎると、人民が消耗してしまうことを例えた一文。

まったくその通りで、現在でも国の力が強いと、国民の生産能力や資産を越えた大きな負担を強いるような国家予算を組んでしまい、しかも、その予算は国民の身近な収益に関わる事柄よりも、大きな影響力のある国家間や大企業だけが利する事柄に使われます。

現在は景気が後退期で多くの失業者が続出し始めているわけですが、米国にしても日本、その他の国でもそうなのですが、賃金そして消費が落ち込む前に、多くの労働者の一斉解雇がはじまったわけです。それは、投資家のご機嫌を損なうことがないよう、そして景気が後退することを前提に事前に人員を整理する行動なわけですが、以前も書いた通り、大企業にとって人材や自分の作っている商品ですら単に金融の一商品と同じように見ているわけで、その点スピーディーに売買がしやすい派遣労働は企業としてはとても使いやすかったということなのです。

話が逸れましたが、そのような企業が景気後退を後押し、後押しというよりは足の引っ張り合いで、結局、景気がいよいよ後退、どうしょうもなくなってくると国家がどうにかしてくれるだろうと、思い込んでいるわけです。

そして、その国家もどうしょうもない政策を実行してしまうのですが、なぜか日本人というのはまったく怒りも悲しみもない国民性でとっても不思議ちゃんなのです。

考えても見てください、多くの貴重な労働者が職を失い、日々の生活の糧を失いつつあり、そしてさらに消費が落ち込む中、さらに多く労働者が明日の不安に惧れを抱いているのに、余裕のある家を買うことができる人々が住宅減税と超低金利の恩恵を受けるのです。そして、彼ら余裕のある人々が受けた恩恵をプラスにして、やっと景気が良くなって、職を失っていた労働者が職場に戻る、そのときにその彼ら金持ちが受けた恩恵分もプラスした大きな増税で大きな負担を強いられるのです。不景気を招いた投資家連中が、この不景気の最中でも減税や低金利で恩恵を受け、その分、やっと良くなってきた頃に、一番大きな負担を強いられた人々が引き続きの負担を背負わなけらばならないのです。

そして、経済上の政策を優先し、投資家や大企業だけを保護し、見せ掛けの繁栄を維持しようとしています。

常識的に考えるなら、伸びすぎた林は間伐をし、十分成長し多陰を作る悪木は新しい木々を育てるために伐採するべきなのです。

 

高山之嶺無美木、大樹之下無美草

『 説 苑 』 説叢

高山の嶺に美木なし、多陽に傷なわればなり、大樹の下に美草無し、多陰に傷なわればなり。

世界をリードする経済大国となってしまったが故に、過剰な資金(円買い)による円高を招き、まさしく『高山の嶺に美木なし』状態の日本。気がつくとビック3とういう巨樹の他に傑出した自動車メーカーが無い、大樹3本のせいで後続メーカーの無い米国自動車業界。

大樹となった大企業でありながら国民の繁栄を損ない投資家を優先するようなところは、直ちに伐採し、新しい苗を植えたほうが、多くの国民に新しいチャンスを与え、希望と夢の溢れる国家を作ることができるのです。

もちろん投資家も、新しい小さな苗から育てて大きな利益を受けるという健全な資本主義の恩恵も受けられるわけで、大樹が腐って倒れる前に(資産価値があり使える部分がたくさんあるうちに)伐採し、その資産を水や肥料代わりに企業を育てたほうがこの際、手っ取り早い気がするのです。

米国民の多くがビック3の破産もやむなしという考えを持っているというのは、米国民性のチャレンジ精神が、きっとこの難局をも乗り越えることができるという自信の表れだとも思うのです。

ビック3という巨樹、そして今までの米国政府という巨樹が、倒れたり小さくなって、国民に燦燦と日が降り注いだ時、米国に新しい力強い苗が再び育つことは、彼の国民性から考えても間違いないことでしょう。フロンティア精神溢れる解雇された労働者と健全な投資家はたぶん雨後の竹の子のように、独創的な商品を作る企業をたくさん生み出すことでしょう。もちろん自動車も幾つものメーカーが競うように世界中に出現することでしょう。そのとき、図体ばかりでかい日本の企業が逆に今までのビック3のようにその巨躯を持て余して躓くことも考えられるのです。

まあどうなるか毎日、経済ニュースから目が離せません。

法三章を!!

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尊敬する歴史上の人物は何人かいるけど、その中でも上位十人に入るのが漢の高祖『劉邦』。

中国史に於いても秦の始皇帝ではなく、劉邦がもっとも人気があります。それは部下や人々の意見をよく聞いた劉邦の性格もありますが、何よりも苛烈を極めた秦の法令を『法三章』で言い表すほどの簡易なものに変えたのが人々から大きな支持を集めているというのも理由の一つです。またその法三章の精神がきっかけとなり天下統一、漢帝国の安泰にも繋がったのです。

法三章といえば『殺人・傷害・窃盗』のみを刑罰の対象としたと思われていますが、実際には秦の膨大な法令や規制を簡素化し、人民にわかりやすく、且つ例外無しに守らせたことで、治安を守り、不正を正し、経済を活性化した功績を法三章という言葉で表わされています。

実はこの簡素な法令こそ極めて有効な手段であり、今の世界に必要なことなのですが、世界中の人々は法令が煩雑であればあるほど、規制が多ければ多いほど人々の安心と高い文明を維持できると勘違いをしています。法令や規制が多ければ多いほど高い文明社会だと勘違いをしている人々が多いのです。

 

法が簡素で少なければ例外はありえません。

窃盗は契約違反も含みます。本来受け取れますと約束していても受け取ることができなければ、これは窃盗です。もちろん、食品の表示や原材料を偽装し、多くのお金を騙し取る行為も窃盗です。

たとえ国家組織であろうと処罰の対象となります。

受け取れるはずの年金が受け取れなければ、窃盗です。

表示を偽装し販売し不当に金銭を取れば窃盗です。

人が人によって死亡させられることは殺人ですから、交通事故も、戦争も、人為的な死は全て殺人です。戦争も相手が攻めてきたなら、この法を適応し処罰行動として応戦すればよく。軍人がこれを逸脱し処罰行動としての応戦以外に人を殺せば同じく処罰すればよいのです。

食品に危険なものが混じり、人を傷つければ傷害です。

このような簡素な法で一罰百戒を通せば、もっとも安心安全な国家が実現します。

様々な法令が多額の人件費をかけてつくられ、表示を検査するために膨大な費用を掛け、表示を徹底するため個人事業者や中小企業はものづくりができず、儲かるのは検査会社と監督官庁の職員だけ。経済も疲弊し、まるで法令の独裁国家のようになっています。

法治国家とはいっても、その国を統べる法令の全てを知っている人間は弁護士や国会議員を含め存在するのでしょうか?そもそもすべての人に平等に守り守らせる国法にも拘らず、すべての人が全てを知ることができないほどの膨大な法令になってしまっています。法が肥大化して、例外ばかりが生まれ、賢い人間は法に触れなければ何をしても良いという言う風潮と同時に、逆にそれをさらに規制しようと雁字搦めに法や規制が溢れ、法の全てを知らない一般市民は何をしても法に触れる世の中になっています。

ちなみに、カッターナイフでも明確な職用としての目的を持たずに所持しているだけで法に触れます。

つまり、普段釣りに行く時に所持しているナイフも車に入れっぱなしにしていて検問なんかに引っかかると銃刀法違反に問われかねないのです。

一枚の服を作って売るだけでも、堅牢度検査、検針、品質表示、原産表示などタグと検査など、手づくりで物作りをしているところほど不利な規制に溢れています。

ホテル業も資本力があって同じ設計で全国に建てているところほど、規制上でも有利です。耐火、防火建材の検査など一括で済んでしまうからです。

国法による規制というのは、全国展開できる大手企業に有利で、実は地方経済や中小、個人企業を圧迫しているのです。

にもかかわらず、地方自治政府はすべからく国に規制強化を求めたりと、実態からかけ離れた政策を展開し、さらに市民も現実に起きていることから目を逸らし、カッコイイ言葉や上辺だけの美徳に酔いしれてより強い規制を求めています。

本当に恐ろしい世の中です。

そもそも法をよく網に例えることがありますが、それ自体がおかしいのです。

悪事はたとえ小さくても許すべきではなく、逆に悪しきこと以外は自由に行われるべきなのです。

ただそれだけのことなのに、政治家は競って法令を作り、官僚も規制を作って自分たちの仕事と権威を高めようとしています。

簡素な法令と公正明大で仁義礼徳に篤い司法によってこそ平和で持続的発展の望める正常な国家を作ることができるのです。

国法こそ簡素で誰もがわかるものにしなければならないはずなのに・・・。

金融だけでなく全てが破綻するまで気がつかないのかもしれません。

 

 いまは国民主権だから、そのうち自分の定めた法と規制で股裂き刑になった秦の商鞅のようになるのかもしれません。

 秦の商鞅については、今の日本や世界が向おうとしている世界を垣間見ることができる事例なので後ほど書いてみようと思います。

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